その日、奈央さんは少しだけ足を延ばして、小高い丘まで歩いた。
陽はすでに傾きはじめ、世界はオレンジと藍のあいだに沈みつつあった。
丘の上から見える海は、
夕焼けに照らされて、きらりと光っているようで、
けれどどこか寂しそうな色だった。
「今日も、いろいろあったなぁ……」
そうつぶやいて、そっと息を吐く。
誰かと話すわけでもなく、
スマホを見るでもなく、
ただ、目の前の風景に、心をゆだねる時間。
ざわめいていた気持ちが、
夕風にゆるやかにほどかれていくのを感じた。
「大丈夫。ちゃんと、今日を終えられそう」
そんな言葉が、胸の中でそっと芽生える。
空が濃くなっていく頃、
奈央さんは立ち上がり、またゆっくりと歩き出した。
日が暮れるほんの少し前、
その静けさに、心がふわりとほどけていきます。


